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DOS/Vパーツって何?
OSであるDOS/Vは英語のDOS部分と日本語表示用のドライバ等に分けられます。英語DOS(PC-DOS,MS-DOS)はあくまで独立したDOSです。DOS/VをDOS/Vたらしめているのは英語版DOSに付加されたドライバ及びフォントです。従ってDOS/Vパーツと言うとfont.sysやdisp.sys、106キーボードドライバ等々という事になります。しかし、これらのドライバ群は英語DOSとセットではじめて使える物であり、現在店頭で手に入るIBMのDOS/Vパッケージや古いマイクロソフト版DOS/Vでも全てセットで販売されています。
今更DOS/V?
既にマイクロソフトはDOS/Vを出荷しておらず、MS DOS/Vの新品パッケージを見かける事もまれになりました。IBMのPC-DOS/Vも余程大きなソフトウェア売場のあるSHOPでなければ見かけません。NovellはDOSから手を引いたのでNovell版のDOS/Vも出荷されていません。Conpaqももはや独自DOS/Vを出荷していません。一部の特殊なケースを除いて使われる事の無くなったDOS/Vに将来性や発展性はあまり望めないでしょう。
DOS/Vマシンとは?
DOS/Vがインストールされたマシンの事でしょうか。しかし、現在巷でDOS/Vマシンと称するパソコンにはDOS/Vがインストールされていない事の方が多い様です。その実態はIBM
PC/AT互換機で本来のPC/ATとの互換性も低い物にOADG仕様の日本語キーボードが付いた物の様です。
DOS/Vマシンの自作って?
どうやら、「自作DOS/V」は自作したDOS/Vマシン(IBM PCクローン)を指しているみたいです。しかし、売っているパーツ類をただ組み合わせてドライバーでネジ止めしてコネクタを差し込んだだけで「自作」と言えるのでしょうか?筆者はその昔から鉄道模型を趣味としていました。模型を始めとするモノ作りの趣味の世界では、プラモデルをはじめとしたキット類の組立と自作とは厳密に区別されます。キットを組み立てただけでは「自作」などとは恥ずかしくて言えず、素材から作り出すスクラッチビルドを行って初めて自作という事が出来ます。半田鏝も切削工具も用いず、ドライバーのみで完成するモノを「自作」とでも言おう物なら恥知らずとなってしまします。中には、難易度が高いから自作だと言う方が居ますが、鉄道模型であれば全て半田付けで組み立てるバラキットを組んでも自作とか言いませんし、他の模型でもレジンキットやバキュームフォームのキットが有り、通常のプラモデルに比べて難易度が高くても皆キット組立と呼んでいます。これは、何も模型の世界に限った事では有りません。料理でもレトルト食品や冷凍食品を解凍、加熱しただけで「自作料理」とは言わないでしょう
。創造性やオリジナリティーのかけらも無いモノを「自作」などと悦にいっているというのはモノ作りに対する侮辱とさえ言えるでしょう。
自作でなく組立?
さて、次に工作の難易度について考えてみましょう。ごく一般的な「DOS/Vの自作」ではドライバーでのネジ止めとコネクタの差し込みやジャンパのセッティングとソフトのインストールや本体の設定といった所でしょう。これらはメーカー品のパソコンへの内蔵ストレージデバイス(HDD等)やボードの増設の延長線上の有る物です。
これに対し、メーカー品のパソコンで行われてきたオシレータのソケット化や乗っ取り、486ノートパソコンでのQFPパッケージCPUの換装に比べれば半田鏝が必要とされないだけ難易度は低いと言えるでしょう。電子工作の世界で言えば「DOS/Vの自作」より秋月のキット組立の方が難易度が高い場合もあります。また、X68kの同人ハードにおける種々の自作拡張ボードや自作CPUアクセラレータでは、データを解析して設計し、自前でプリントパターンを作って基盤を起こしたりしています。こちらの方が余程創造性が高いと言えるでしょう。
こういった難易度の高い工作や創造性の高い工作では非常に時間がかかります。しかし、この時間そのものが工作する人間にとっては楽しみにもなります。
これに対し、パソコンにおける「自作」と巷で言われている作業はむしろ「組立」と言うのが相応しいという事になります。現にT-ZONEでは「パソコン・スピード組立世界大会」なる催しを開催しました。創造性溢れる自作であれば速さを競うといった競技にはなりえません。
パソコンの組立
パソコンは工業製品です。拡張できるといった楽しみはあれども、自動車やバイクでもドレスアップやカスタムは出来ます。工業製品であればパッケージの完成品として保証やサービスの付いた形で販売されるのが一般的な姿でしょう。家電製品を初めとして我々が日常に購入するものはパッケージされているのが一般的です。パッケージされていないモノを有り難がるのはそれで飯を食っているプロかマニアであるとも言えます。現にオーディオの世界ではセットでパッケージになったミニコンポやCDラジカセとプレーヤー、チューナー、プリアンプ、メインアンプ、スピーカー、デッキとバラバラに購入する場合と二極分化しています。オーディオマニアならいざしらず、一般人は今更バラバラに買い揃える事はほとんど有りません。この様にパーツをバラで買い揃えるのは一部のマニアであるという基本的な事を忘れてはいけません。
何故、用語の誤用は良くないのか?
本来ならPC/AT互換機(IBMクローン)の組立と言うべき物を「DOS/Vの自作」と呼ぶのは恥ずかしい事です。きちんと用語を本来の意味で使うべきでしょう。皆やパソコン雑誌がそう言っているから良いじゃないかと思う方もいるかもしれません。そこで、何故本来の意味から外れた用語の誤用が良くないのか考えてみましょう。
本来ある言葉を使わず、違う用語に言い換えるのは、一般大衆を騙そうという意図が有ります。古くは半世紀前の大東亞戦争の時に、軍部は負けが込んで撤退したのを大本営発表で転進と言い換えました。これは当時のマスコミもそう報道しました。言うまでもなく、負けているのを誤魔化す為です。それは生まれる前の昔の事だから現在は違うという方もいるかもしれません。しかし、平成の今でも同じ事が行われています。バブルの不良債権に苦しむ金融機関(銀行)への公的資金導入です。これを筆者流に本来の意味で言うと「土地転がしというバクチで空けた金貸しの穴(損)に血税をそそぎ込む。」という事になります。政府が国民を欺く為に言い換えていると考えられます。
この様に用語をわざと誤まって流布させるという事は影に良からぬ意図があると考えられます。
はっきり言うと「DOS/Vの自作」と称して組み立てを煽る事で一般市民を騙そうとしているのではないかと思われます。パッケージになったパソコンの完成品であれば、そうそう買い換える訳にもいかず、需要はそれなりに抑えられますが、パーツ単位として次々リリースする事でユーザの財布を開かせ様という算段でしょう。また、ブームを演出する事で本来買わない層にまで売りつけるという事も考えられます。その尻馬に乗って「DOS/Vの自作」と嬉々として言っているユーザはまことにおめでたいと思われます。