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パソコンを取り巻く人間模様 個人の場合


はじめに
 よく、どんなパソコンやOSを使っているかで、性格や人格まで云々する方々がいます。 Macのエバンジェリストと呼ばれる方々はWindowsやそのユーザーの事をあれこれ言うのを耳にします。また、PC/AT互換機(DOS/Vマシン)で自作派の方々も、メーカー製マシンを使う人々を揶揄したりしています。
 特にMac VS WinのOS論争はあちこちで繰り返され、いずれも不毛な結果に終わっている様です。たかだか数十万のマシンに思い入れするのは結構ですが、それで性格や人格まで云々するのはいかがなものでしょうか?
 パソコン以外に所有したり使っているだけで性格を云々されるものに車やバイクがあります。しかし、数十万〜数百万払って所有したからといって、性格まで同じになる筈がありません。例えば、ベンツには紳士も乗れば、893の方も乗ります。同じ機械を所有したからといって、性格や人格まで同じにはなる筈がありません。
 ましてや、他人が数十万の機械を買って所有しているというだけで、その人の人格まで云々するのは、自分がいかに世間を知らないのかをさらけ出しているだけだと私は思います。
 これは、OSにおいてもしかりです。現状ではどのOSにも長所や短所があります。或る目的の為にはAというOSが良くても、目的が違えばBというOSの方が適しているという事はざらにあります。それを近視眼的にあーだこうだ言っているのは、分別のある人間のやる事とは到底思えません。
 これを読んでいる初心者の方はこの様なOS宗教論争には加わらない様にした方が、時間の無駄使いをしなくてすむでしょう。

パソコンの現状
 現状のパソコンはその昔に比べれば処理速度が上がり、使いやすくなったとは言っても、まだまだ発展途上の不完全な商品です。いわゆる白物家電(冷蔵庫、洗濯機等)に比べると、4半期ごとに新製品が出て、その前の製品があっと言う間に陳腐化するという、ちっとも枯れた商品ではありません。家電製品は(AVも含む)その機能の半分も使って無くてもそれに対して負い目や引け目を感じる事はありません。また、使いこなしてるかどうかを気にする人もあまりいません。現実に多くの家庭ではビデオデッキの予約録画が出来ないとしても、よしとしています。
 それに対し、パソコンでは買っただけでなく、それを使いこなしているかどうかがよく問題になります。しかし、買った当人が納得しているのであれば、ゲームしかしなかったり、インターネットやパソコン通信オンリーの通信端末であっても良い筈です。
 ところが、あれも出来なければいけない。これも出来なければいけないと、取り憑かれた様に強迫観念にさいなまれている方も多い様です。また、ある程度使っている方々がそれをしてない人を見下す様な態度に出る場合もあります。
 オフィスアプリが使えるとかマクロが組めるとか、PC/ATの組立が出来るからといって、えらくなった訳でも賢くなった訳でもありません。ただ、ちょっとした知識が加わって慣れただけです。仕事で定型業務をするのであれば出来て当たり前ですし、組立をするのであれば工場で働いている方々の方がよっぽど多く組み立てています。自分や周囲の狭い範囲だけで判断せず、いい加減に目を覚ました方が良いのではないでしょうか?

他人は他人、自分は自分
 自分で自分のマシンに愛情を注ぐのは結構な事です。他人に迷惑をかけず趣味の範囲でやるのであれば何をしようと一向に構いません。しかし、自分の偏った考えを相手の事情や気持ちもお構いなしに押し付けるのだけは止めた方が良いでしょう。 パソコンが製品として枯れていない現状では、押し付けられた相手が迷惑します。それよりも、もっと広い目で見て相手が判断出来る材料を与える様にしましょう。自分が欲しいマシンを初心者に代理購入させて自分の物欲を代償させてはいけません。
 個人で購入するのであれば、気に入るかどうかが一番大事ですし、会社などであてがわれて不満があっても、給料を貰っている以上はそれを使いこなして仕事するのがプロです。どうしてもそれがイヤならさっさとその会社を止めて転職するか独立するのがスジです。そうして、独立すれば、世間の荒波に揉まれて少しは考えも変わるかもしれません。
 話がそれてしまいましたが、要は自分が使う目的にかなって、気に入っていれば良い訳で、他人のマシンについてはほめるならともかく、けなさない様にしたいものです。もちろん、助けを求める初心者に正しいアドバイスをするのは大いにするべきでしょう。

パソコンで性格が変わるか?
 自我が確立している人であれば、たかだかパソコンごときで性格が変わるとは思えません。しかし、年齢的には成人であっても確たる自我を持って判断したり、行動している人は少ない気もします。また、年齢的に自我の確立する前からパソコンをいじる場合もあります。パソコンというモノははまりやすいモノでもあります。最初は判らない事だらけだったのが、少しずつ理解が深まると単なる道具の域を超えてはまってしまう事も多い様です。
 通常の世間では暮らしていく上で人間関係が大きな割合を占めます。他人はなかなか自分の思うとおりには動いてくれません。自分の思い通りとは異なる行動の方が多いでしょう。
 しかし、パソコンは慣れてくれば自分の思い通りになります。また、所詮は人間の作った物ですから、予測が立てやすく対処もしやすいといえます。
 この様に思い通りになる機械にはまってしまうと、世間一般で他人が思い通りに動かないのがもどかしく感じる様になります。自我が弱い場合に、どっぷりはまると性格が変わっているかもしれません。
 そうならないためにはパソコンに向かうだけでなく、コンピュータと無縁な暮らしをしている方々との交流やコンピュータ関連以外の本を読んだりする事が必要でしょう。仲間内だけのたこ壷に入っていると世間が狭くなりがちです。

ネット上での人間模様
 一部を除くと、インターネットやパソコン通信は匿名性があり、自分本来の立場や年齢、性別を隠して行動が出来ます。この様に匿名性が高くなると、普段の生活で抑圧されている捌け口を通信する事で発散しようとする人間も出てきます。しかし、ネットの向こう側にいるのは機械でなく人間です。あなたの不満を解消するためのカウンセリングマシンではありません。罵倒や悪口はそれを奨励している特殊な場所以外ではしないようにしましょう。特に文字だけのコミニュケーションは表情や声の聞こえない分、実際に面と向かった場合に比べて些細な事で対立を生みがちです。広い心を持って普段より丁寧な気遣いをするに越した事はありません。
 ネット上は現実社会の写しですから、いい人もいれば悪い人もいます。賢い人もいればお馬鹿さんもいます。あまりお下劣な方とお近づきにならない方がいいかもしれません。世間を渡るのと同じく変な所や危ない所もありますし、親切なところもあります。なるべくなら自分を高める方向でネットを楽しんだ方がよろしいかと思います。


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